SPE日本支部の設立
SPE日本支部の設立は、1950年代の日本のプラスチック工業の黎明期に、アメリカの最新技術情報を入手したいという技術者たちの熱意がきっかけとなりました。以下にその経緯をまとめます。
1. 設立の背景
1950年代、日本の技術者たちは海外、特にアメリカのプラスチック技術情報の入手に非常に意欲的でした。当時、全米のプラスチック技術者の組織であるSPE(Society of Plastics Engineers)が発行する機関誌「SPE Journal」(現在のPlastics Engineering)は、日本の技術者にとって極めて有益な参考書であり、正規に購読したいという強い念願がありました。
2. 設立のきっかけ
設立の直接のきっかけは、ダウ・ケミカルの役員であったハギンス氏(Mr. Huggins)の来日でした。
- 当時の「プラスチック技術研究会」(現・プラスチック技術協会)の有力メンバーであった池田保氏(日綿実業)がハギンス氏を紹介しました。
- ハギンス氏は大阪市立工業研究所での例会に招かれ、SPEの活発な活動状況を説明しました。
- その際、「日本人でも実績があれば入会可能であり、日本セクションを設立してはどうか」という提案がなされました。
3. SPE大阪セクションの誕生
この提案に、当時の研究会会長だった中尾忠雄氏(日本化工材、現・住友ベークライト)が賛同し、急速に話が進みました。
- 創立時期:1956年(昭和31年)の初夏。
- 名称:当初は大阪を中心としたメンバーで構成されたため、「SPE大阪セクション」として発足しました。
- 初代役員:
プレジデント(支部長):大島敬治氏(大阪市立工業研究所長)
カウンセラー:中尾忠雄氏
セクレタリー:中山清胤氏(合成樹脂工業協会関西支部事務局長)
4. 日本支部(Japan Section)への改称
発足後、会員数は徐々に増加し、東京近辺のメンバーも半数近くを占めるようになりました。これに伴い、組織をより広範囲なものとするため、1963年(昭和38年)に「ジャパンセクション(SPE日本支部)」へと名称を改めました。
設立当初の10年余りは、主に「SPE Journal」を通じてアメリカの最新情報を得ることが活動の主体でしたが、1968年には北米以外で初の開催となる国際会議「JAPAN RETEC」を京都で成功させるなど、国際的な技術交流の拠点として発展していきました。
RETECの開催
RETEC(Regional Technical Conference)は、全米プラスチック技術者協会(SPE)の各支部が開催する地域技術会議の名称です。SPE日本支部において、RETECは活動の柱となる極めて重要な国際的技術交流の場として発展してきました。その経緯は以下の通りです。
1. 第1回 JAPAN RETECの開催(1968年)
日本支部における最大の節目となったのが、1968年(昭和43年)10月14日〜15日に京都国立国際会館で開催された「第1回 JAPAN RETEC」です。
- 歴史的意義:北米地域以外で初めて開催されたRETECであり、SPE本部も多大な関心を示しました。
- 設立の背景:当時の支部長だった中尾忠雄氏や、第2回日本プラスチック見本市(JAPAN PLAS)の運営委員長だった大島敬治氏らが、見本市をより国際的なものにするために企画しました。
- 規模と内容:国内外から274名(国内239名、海外35名)が参加し、日英同時通訳を導入した本格的な国際会議となりました。SPE本部のフォン会長も来日し、祝辞を述べました。
2. 活動の定着とパターン化
1968年の成功後、一時的に活動が停滞した時期もありましたが、1980年から定期的な開催が再開されました。
- 開催頻度:原則として2年に一度(隔年)開催されるようになりました。
- 開催場所:東京と大阪で交互に開催されるのが通例です。
- APAN PLASとの連携:国際プラスチック見本市(JAPAN PLAS / IPF)の開会前日に開催するというパターンが定着し、参加の利便性が図られました。
- 歴代の開催記録(初期):
- 第2回(1980年・大阪):「我が国における最近のプラスチック技術」
- 第3回(1982年・東京):「我が国におけるプラスチックエンジニアリングの最近の進歩」
- 第4回(1984年・大阪):「プラスチック・テクノロジーの最近の進歩」
- 第5回(1986年・東京):日本支部創立30周年記念として開催
3. 1990年代から現代への展開
1990年代以降も、その時代の最新技術をテーマに掲げ、SPE本部会長を招聘して開催され続けました。
- 第10回(1995年・大阪):「プラスチック材料と成形技術の最新動向」
- 第11回(1997年・東京):「21世紀をおもしろくする新技術」
- 第12回(1999年・東京):「プラスチック応用の高度化技術」
- 第13回(2001年・東京):「プラスチック材料の微細構造制御」
- 第14回(2006年・東京):「光を操るプラスチック技術」
4. アジアへの拡大(ASIATECの誕生)
2000年代に入ると、RETECの枠組みをアジア全域に広げる動きが加速しました。
- 2003年(名古屋):これまでのJAPAN RETECをアジアに拡大し、「SPE ASIAN PLASTICS TECHNOLOGY CONFERENCE 2003」が名古屋国際会議場で開催されました。
- ASIATEC 2011(東京):2011年には東京ビッグサイトで「ASIATEC 2011」を開催しました。これはSPE本部が実施する年次大会「ANTEC」にならい、「〜TEC」という名称で継続的なアジア地区会議とすることを意図したものです。
RETECは、日本の技術者がSPE本部や海外支部とのネットワークを深め、最新のプラスチック技術情報を獲得・発信する「プラスチック技術サロン」としての役割を果たしました。
1990年代のSPE日本支部
1990年代のSPE日本支部は、長期化する不況や円高といった厳しい国内外の情勢に直面しながらも、RETECの定例化やオープンセミナーの導入、さらにアジア諸国との連携を深めるなど、技術情報の「サロン」から、より能動的な国際技術交流の場へと発展を遂げた時期でした。
1990年代の主な活動と特徴は以下の通りです。
1. 歴代支部長と運営
この年代は、以下の技術者・研究者が支部長を務め、組織の舵取りを行いました。
- 滝沢正信(1989-1991年):東芝機械
- 大柳康(1991-1993年):工学院大学
- 村井六郎(1993-1997年):プラスチック工学研究所
- 北條英光(1997-1999年):日本大学
- 星野貞夫(1999-2001年):エルフ アキテーヌ
2. RETEC(地域技術会議)の定着
2年に一度開催される日本支部最大の行事「JAPAN RETEC」が、最新の技術課題をテーマに掲げて継続されました。
- 第9回(1993年・東京):主題「プラスチックのニューフロンティア―新材料、新成形加工技術、リサイクルを中心に」
- 第10回(1995年・大阪):主題「プラスチック材料と成形技術の最新動向」
- 第11回(1997年・東京):主題「21世紀をおもしろくする新技術(機能材料と複合化技術)」
- 第12回(1999年・東京):主題「プラスチック応用の高度化技術」
3. オープンセミナーの開始
RETECを開催しない年を補完する活動として、1990年代半ばから「オープンセミナー」が本格化しました。
- 1996年:低圧成形技術(HELGA、ガスアシスト、射出圧縮等)を特集。
- 1998年:ユーザーや環境・資源の視点から「新世紀に求めるプラスチック材料」を検討しました。
4. 時代背景に即した活動テーマ
プラスチック業界を取り巻く社会的な変化に迅速に対応した活動が行われました。
- 環境と安全:プラスチック廃棄物処理、リサイクル技術に加え、1998年には当時大きな関心事であった「環境ホルモン」(内分泌攪乱化学物質)の生物への影響に関する講演も実施されました。
- 法規制と品質:PL法(製造物責任法)への対応、ISO-9000の取得、LCA(ライフサイクルアセスメント)などがセミナーのテーマとして取り上げられました。
- 最新技術の導入:米国本部の年次大会(ANTEC)の論文を国内で紹介する講演会が毎年開催され、海外の最新動向が会員に共有されました。
5. アジアとの連携と国際化
日本のプラスチック生産が世界シェアの13%に達した時期(1990年頃)を経て、企業の生産拠点がアジアへシフトし始めたことを受け、アジアのSPE支部との協力関係が強化されました。特に台湾支部との交流が活発化し、1997年には台湾で開催されたアジア地区会議への参加が呼びかけられました。
一方で、1990年代後半には厳しい経済情勢から会員数の減少が顕著となり、21世紀に向けて組織をいかに持続可能(Sustainable)にするかが重要な経営課題として議論されるようになりました。
2000年代のSPE日本支部
2000年代のSPE日本支部は、創立50周年という大きな節目を迎え、従来の技術情報の「サロン」的な運営から、より能動的で国際的な学会活動へと変革を遂げた時期でした。特にアジア諸国との連携強化と、組織の主体性を確立するための構造改革が大きな柱となりました。
主な活動と経緯は以下の通りです。
1. 歴代支部長と運営方針
- 星野貞夫(1999-2001年):プラスチック技術者の親睦を第一の目的としつつ、発泡技術などの最新テーマを取り上げたオープンセミナーを推進しました。
- 伊澤槇一(2002-2014年):2002年に支部長に就任し、「脱サロン化」を掲げて研究会・講演会の充実や定款の制定など、活気ある学会活動への戻しを図りました。
2. 国際的な技術交流とアジアへの拡大
2000年代、生産拠点のアジアシフトという産業構造の変化に対応し、アジア各支部との協力関係が飛躍的に深まりました。
- 第13回 RETEC(2001年):東京で開催され、「プラスチック材料の微細構造制御」をテーマにナノコンポジットなどが議論されました。
- SPE Asian Plastics Technology Conference 2003:愛知県名古屋市で開催されました。これは日本支部が担当した初のアジア国際会議であり、アジア地区持ち回り会議の第1回として位置づけられました。
- アジアフォーラムへの参画:台湾支部主催のアジアフォーラムへの出席などを通じ、韓国、中国、香港などのアジア諸地域とのネットワークを構築しました。
3. 創立50周年と組織改革
2006年に迎えた創立50周年を機に、将来を見据えた抜本的な改革が実施されました。
- 新定款の制定(2006年):米国本部の会員とは別に独自の「支部会員」を認めるなど、日本支部の主体性と独自性を出すための新定款が発足しました。
- 法人会員制度の導入:企業の応援をする団体としての機能を強化するため、法人会員システムがスタート。
- 50周年記念RETEC(2006年):第14回RETECを「光を操るプラスチック技術」という斬新なテーマで開催し、SPE本部長も来日して表彰が行われました。
- 運営委員会の発足(2008年):迅速な意思決定と円滑な行事運営のため、月1回の運営委員会が定例化した。
- 事務局の移転(2007年):長年利用してきた日本合成樹脂技術協会から、東京都千代田区のプラスチックエージ社内へと東京オフィスが移転しました。
4. 時代を先取りした技術テーマ
この期間、日本支部は世界の技術トレンドを反映した多様なセミナーを実施しました。
- ナノテクノロジー:ナノコンポジットや微細構造制御に関する講演が繰り返し行われ、他学会との合同講演会も発足しました。
- 環境とエネルギー:バイオプラスチック、リサイクル技術、燃料電池用材料などが重要なテーマとなりました。
- 先端分野:自動車の軽量化(CFRTP等)、医療用プラスチック、IT関連技術など、日本の強みを活かせる分野に注力しました。
2000年代後半には世界金融不況の影響で会員減少という課題に直面しましたが、2011年のASIATEC 2011開催に向けた準備など、アジアの情報発信拠点としての地位確立に向けた努力が続けられました。
2010年代のSPE日本支部
2010年代のSPE日本支部は、創立60周年(2016年)という大きな節目を迎え、アジアの情報発信拠点としての地位確立や、ITを活用した運営体制の近代化、そしてリーダーシップの交代による組織の若返りが進んだ10年でした。
主な活動と特徴は以下の通りです。
1. アジア地区会議「ASIATEC 2011」の成功
2010年代の幕開けを飾る行事として、2011年2月15日・16日に東京ビッグサイトで国際会議「ASIATEC 2011」を開催しました。
- 意義と規模:SPE本部が実施する年次大会「ANTEC」にならい、継続的なアジア地区会議とすることを意図して命名されました。世界各国から110名(うち海外から40名)が参加し、アジアにおけるプラスチック技術への注目度の高さを示しました。
- 運営の近代化:この会議では、講師や参加者の情報収集に全面的にインターネットを活用し、運営の省力化が図られました。
2. 歴代支部長とリーダーシップの変遷
この10年間で、長年組織を支えたリーダーから次世代へのバトンタッチが行われました。
- 伊澤槇一(〜2014年):2002年から12年間にわたり支部長を務め、組織の立て直しと国際化を強力に牽引しました。
- 馬場文明(2014年〜2016年):2014年8月に就任し、SPE日本支部が専門技術者(Professional Engineer)の集まりであることを再認識させる運営に努めました。
- 伊藤浩志(2016年〜2024年):創立60周年を機に支部長に就任し、産学連携を通じた新産業の開拓を推進しました。
3. 創立60周年と組織のデジタル化
2016年には創立60周年を迎え、12月に記念式典と講演会を開催しました。2008年頃から着手された運営体制の改革が2010年代に定着しました。
- ITの徹底活用:行事案内や連絡を従来のFAXからメール中心へ切り替え、講演資料もインターネットからのダウンロード形式に移行しました。
- 運営の安定化と関連団体との連携:運営会議と講演会を住友ベークライト会議室へ移し、運営の安定化を図りました。さらに「NANO/SPE合同講演会」などの他団体との共同行事も定例化されました。
4. 時代を反映した技術テーマ
日本の製造業の強みを活かしつつ、世界のトレンドに即したテーマで講演会や見学会が実施されました。
- 主要テーマ:自動車の軽量化(CFRP、CFRTP、TPO)、医療・ヘルスケアデバイス、環境・エネルギー材料(バイオプラスチック、太陽電池)、3Dプリンティングなどが繰り返し取り上げられました。
- 社会貢献:2011年3月の東日本大震災直後には、講演会を延期するとともに、日本赤十字社を通じて義援金を送るなど、組織として社会的な役割も果たしました。
5. 直面した課題と本部の変革
一方で、2010年代を通じて会員数の減少という深刻な課題に直面し続けました。また、SPE米国本部でも大規模なリストラや、ウェブサイトの刷新、マガジンの完全デジタル化、SNS「THE CHAIN」の開始など、ビジネスモデルの大きな転換が行われました。日本支部もこれらの変化を注視し、本部との関係性の中でいかに独自性を発揮し、若手技術者を引き付けるかが問われた10年でもありました。
2020年代のSPE日本支部
2020年代のSPE日本支部は、新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックという未曾有の事態への対応から始まり、オンラインを活用した活動の定着、そしてカーボンニュートラルやDX(デジタルトランスフォーメーション)といった最新の技術課題への注力へと変遷した10年となっています。
主な活動と特徴は以下の通りです。
1. パンデミックへの対応とオンライン化の進展
2020年初頭からの新型コロナウイルスの蔓延により、活動形態が大きく変化しました。
- イベントの中止と延期:2020年4月と6月に予定されていた行事は、緊急事態宣言の発出を受けて延期を余儀なくされました。
- オンライン活動の定着:2020年8月の理事会を皮切りに、Zoom等のオンライン会議システムを用いた講演会や運営委員会が主流となりました。2021年度はWebでの講演を中心に年間6回の講演会を開催しています。
- 対面活動の再開:2022年6月には、アフターコロナ初となる現地開催の講演会および家電リサイクル工場((株)ハイパーサイクルシステムズ)の見学会が実施され、徐々に対面活動が再開されました。
2. リーダーシップの交代
長年組織を牽引したリーダーたちの交代と、新たな体制への移行が進みました。
- 伊藤浩志支部長体制:伊藤浩志氏(山形大学)が2010年代半ばから引き続き支部長を務め、コロナ禍における組織運営を支えました。
- 齊藤卓志新支部長の就任:2024年8月に、伊藤氏の後を引き継ぐ形で齊藤卓志氏(東京科学大学)が支部長に就任しました。齊藤支部長は、成形加工の学際的なアプローチや、AI・IoTの導入によるプロセスの効率化の重要性を強調しています。
3. 2020年代の主要な技術テーマ
社会情勢の変化に合わせ、持続可能性と先端技術の融合が主要なテーマとなりました。
- サステナビリティと資源循環:プラスチック資源循環促進法(2022年4月施行)への対応、サーキュラーエコノミー、バイオマスプラスチック、海洋生分解性高分子、およびケミカルリサイクル技術などが重点的に議論されています。
- カーボンニュートラル(CN):脱炭素社会の実現に向けた素材開発や、再生可能エネルギー関連の材料技術(水素エネルギー、太陽電池など)が取り上げられました。
- 次世代モビリティ(EV):電気自動車(EV)における軽量化、バッテリーケースの難燃化技術、および自動車樹脂部材のリサイクルが主要なトピックスとなっています。
- DXとAIの活用:射出成形CAEのAI化、3Dプリンティング技術の深化、マテリアルズ・インフォマティクスによるデータ駆動型の材料開発などが新たな活動の柱として加わりました。
4. 新たな情報発信と取り組み
組織の活性化と価値向上を目指した新しい試みが始まっています。
- 支部独自のブログ開設:2024年度には、プラスチック材料に特化した知見や業界動向を発信する独自のブログを立ち上げました。
- 雑誌連載の開始:2025年度より、月刊技術雑誌『プラスチックス』において、SPE日本支部としての連載講座を寄稿しています。
- 次世代育成:若手研究者・技術者とのつながりを重視し、SNSを活用した情報発信や講演会への参加勧誘を強化するビジョンを掲げています。
2020年代のSPE日本支部は、学術と産業の橋渡し役として、国際的な技術動向を共有しながら、日本の製造業の信頼維持と技術革新を支える役割を担い続けています。